世界平和記念聖堂のドローン映像

主は豊かであったのに、私たちのために 貧しくなられた

幟町教会主任司祭 ヴィタリ・ドメニコ神父

 パウロがイエズス様の誕生を次のように表しております。
 「主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだったのです。」(2コリント8, 9) 

 それは誕生についてだけではなく、イエズス様の一生の全てを意味づけている言葉です。全ての人に救いの手を伸ばすために、馬小屋で生まれました。
 分かりやすい言葉で言えば、靴に泥がついても平気で入られるところです。
 イエズス様に会うために、どんな人も近づける姿です。その後は殺されそうになり、難民としてエジプトに逃げなくてはならなくなりました。言葉もできなくて、困難な生活を強いられた外国の地でした。大工の仕事をしていたヨセフもおそらく仕事を見つけにくかったことでしょう。それは、現代の難民も仕事のない人の悩みに寄り添い理解するイエズス様の子供の時の体験です。またナザレに戻ってからも、小さな町の人々から願われた仕事も少なかったし、毎日の生活は簡単ではなかったでしょう。
 そのような状態にいる人々をも理解し、同じ経験をしたイエズス様は温かいまなざしで見守ってくださいます。神様に託された大事な使命を持ちながらも、30歳まで素朴な生活を送っていました。それはまさに、私たちに家庭生活がいかに大切であるかを示してくださったのです。まさにイエズス様は、家庭の中で育てられ大きくなったのです。これも現代のクリスマスに大切なメッセージです。
 公生活を始めてから、今まで相手にされていなかった人々を相手にして、罪人とされた聖マタイのような人を自分の弟子にする。さらによいことを安息日にしようと思って、病人を直したりすることも批判されました。そのようにしてイエズス様は何も恐れずに自分を与えて、困っている人を助けました。十字架につけられた時に同じ罰を受けている犯罪人に、一緒に楽園にいると約束されました。そのとき十字架の下で、評判の悪い女の人の愛情と憐れみを受けとめました。そのためにも、復活して一番最初に現れるのはマグダラのマリアにです。復活されてから、田舎者で教育がそんなにない弟子たちを全世界に自分の代わりに遣わしました。イエズス様はすべての人のことを考えておられますが、特に小さい者、困っている人を心に留めておられるのです。それはまさにクリスマスのメッセージです。私たちがイエズス様に感謝するだけではなく、同じ生き方を自分の生き方にして尽くしていくことによって本当にクリスマスを祝うことができます。